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岡山地方裁判所 昭和29年(ヨ)65号 決定

申請人 山本稲雄

被申請人 下津井電鉄株式会社

主文

被申請人は申請人に対し金一三万七、八一一円並に昭和三〇年七月分から本案判決確定に至るまで日額四五六円の割合で計算した金額(但し右各金額から所得税諸保険料を控除する)を毎月二五日限り仮に支払え。

申請人その余の申請を却下する。

申請費用は被申請人の負担とする。

(注、無保証)

申請の趣旨

被申請人は申請人に対し、本案判決確定に至るまで、金三三万三、六三九円並に昭和三〇年七月以降毎月二五日までに一ケ月金一万五、九二五円づつを仮に支払え。

申請費用は被申請人の負担とする。

理由

当事者双方の提出した疎明資料により当裁判所の一応認定した事実関係に基く理由の要旨は次のとおりである。

一、まず、疎明によると次の事実が一応認められる。

申請人は被申請人に雇用されて電車運転掛を勤めているものであるが、被申請人は昭和二八年二月三日申請人に対し次の理由により解雇の意思表示をした。

申請人は同月二日茶屋町駅午前八時五九分発下津井行第十一列車の運転手として乗務中、両手を制禦器ハンドル及び制動器ハンドルから放し、ポケツトから競艇の出走表を出して熟視しながら運転した。右行為は就業規則第七三条一二号(職務上の義務に違反し又は職務を怠り旅客若しくは公衆に危害を及ぼし又は危害を醸する虞ある所為があつたとき)該当の職務違反行為であり同第七一条の定めるところにより懲戒処分として諭旨解雇に相当する。

これに対し申請人は昭和二八年二月二四日被申請人を相手どり次の理由を主張して当裁判所に右解雇の効力停止の仮処分命令を申請した(当裁判所昭和二八年(ヨ)第三九号事件)。

第一に、申請人は右のような職務違反行為をしておらず解雇は全く事実無根である。

第二に、申請人は昭和二七年九月頃被申請人の従業員で組織する下津井電鉄労働組合の組合長であつて、爾来活溌に組合活動をしていたが、本件解雇は申請人が正当な組合活動をしたことの故をもつてする不当労働行為である。

第三に、被申請人の就業規則第七六条には懲戒は賞罰委員会の審議を経て社長がこれを行うと定められているのに、被申請人は本件解雇に当り賞罰委員会の審議を経ていない。

以上いずれの点からみても解雇は無効である。

そこで当裁判所は審理の結果、昭和二八年三月二〇日右申請を理由あるものと認めて前記解雇の効力を停止する旨の仮処分決定をなし、該決定正本はその頃当事者双方に送達された。ところが、被申請人は同月二六日申請人の就労要求に拘らず、同人を「休業」なる処分に付してその就労を拒否し賃金は平均賃金の百分の六〇を支給する旨通告した。しかし右の「休業」は被申請人の就業規則に全く根拠がない。その後被申請人は申請人に対し毎月平均賃金の百分の六〇(被申請人の計算においては一日二六九円四〇銭の割合)だけを支給しており、申請人は引続き就労を拒否されている。

以上の事実が認められる。

二、ところで解雇の効力を停止する旨の仮処分決定が有効に存在する以上、使用者は解雇された労働者を解雇されなかつたと同様に待遇すべきものであることは言を俟たない。被申請人は右仮処分のなされた直後申請人に対し「休業」を命じ平均賃金の百分の六〇を支払つているのであるが、労働基準法二六条の規定は通常使用者の経営上の都合等で特定の工場又は職場においてある程度一般的に休業をし事実上特定の労働者に職を与え得ない場合に限つて適用があるもので、本件のように申請人が解雇の効力を停止する旨の仮処分を得た上就労の申込をしたのに対し、申請人に対してのみ「休業」を命じ、就労を拒否する場合に適用のないことは明らかであるばかりでなく、被申請人がさきの解雇事由を再びとらえて申請人に対し就業規則にも定のない「休業」を命じ就労を拒否することは実質上申請人を無期限出勤停止なる懲戒処分に付するのと何等択ぶところなく、かくては前記仮処分の趣旨は全くふみにじられる結果となり、被申請人の処置の許さるべきものでないことは明らかである。

もつとも、それが仮処分後生じた新な原因に基いてなされたというならば別論であるが、本件においてはそのような事情を認むべき疎明資料はない。そして右仮処分に対しては被申請人から異議申立がなされたが(当裁判所昭和二八年(モ)第一四一号事件)これに対し当裁判所が昭和三〇年三月三〇日右仮処分決定を認可する旨の判決を言渡したことは職務上顕著な事実であるから、被申請人は申請人に対し賃金全額を支払うべき義務あるものといわねばならない。

三、そこで申請人の請求の具体的内容につき検討することとする。

1、疎明によれば申請人の解雇当時の平均賃金は日給四四九円で昭和二八年五月分から(即ち同年四月二一日から)会社の賃金規則の改正により完全な日給制がとられ、申請人の日給は四五六円とされたのであり、賃金計算の基準期間は前月二一日から当月二〇日までで、賃金支払日は毎月二五日であつたこと及び被申請人は申請人に対し解雇の意思表示をした日の翌日たる昭和二八年二月四日から昭和三〇年六月分までの賃金合計一九万九、六三七円(平均賃金の百分の六〇で七四一日分)を支払つたことが一応認められる。そして右期間の全額の賃金は四月二〇日迄の六四日分二万八、七三六円(一日四四九円とする)と四月二一日以降の六七七日分三〇万八、七一二円の合計三三万七、四四八円となることは計数上明らかであるので、被申請人は申請人に対しその差額一三万七、八一一円(但し該金額から所得税、諸保険料を控除する)を支払うべき義務あるは明らかである。なお疎明によれば被申請人は昭和三〇年七月分以降についても任意に全額の賃金の支払を履行しないものと認められるのでこの点についても支払を命ずべき必要性があると考える。

2、申請人は右の外次の(イ)ないし(ヘ)のように昇給さるべきであり、又(ハ)ないし(タ)のように賞与手当等を支給さるべきであると主張する。即ち

(イ)  被申請人は昭和二八年五月以降運転業務に従事する従業員に対して走行料手当を支給しており、申請人は少くとも毎月八〇〇円の右手当を支給されるべきである。

(ロ)  被申請人は同年一一月従業員一人平均三〇〇円(月額)の昇給を実施したが、年齢、勤続年数その他の条件において申請人と同一である石川京一が三五〇円以上の昇給を受けているので、申請人は少くとも月額三〇〇円の昇給を受けるべきである。

(ハ)  被申請人は昭和二九年四月に一人平均三〇〇円の昇給を実施したが、右石川京一は三五〇円前記条件において申請人と近似する立場にある吉田静夫は三二五円の各昇給を受けているので申請人は少くとも月額三〇〇円の昇給を受けるべきである。

(ニ)  被申請人は同年七月一人平均五〇〇円の昇給を実施したが、石川京一は四七五円、吉田静夫は四二五円の各昇給を受けたので申請人は少くとも月額四二五円の昇給を受けるべきである。

(ホ)  被申請人は同年七月全従業員に対し賃金を一律に一ケ月一〇〇円宛増額したので、申請人も同額を支給さるべきである。

(ヘ)  被申請人は昭和三〇年四月分以降従業員に対し一人平均月額四〇〇円の昇給をし、吉田静夫及び石川京一は四七五円の昇給を受けたので申請人も同月以降少くとも月額四〇〇円の昇給を受けるべきである。

(ト)  被申請人は昭和二八年四月従業員に対し一人平均一、五〇〇円(石川京一には一、六七〇円)の賞与を支給した。

(チ)  被申請人は同年八月に従業員に対し一人平均一、五〇〇円(石川京一には一、七三九円)の夏季手当を支給した。

(リ)  被申請人は同年九月に従業員に対し一人平均二、五〇〇円(石川京一には二、四一〇円)の賞与を支給した。

(ヌ)  被申請人は同月全従業員に対し一律に鉄道開通四〇週年記念手当として一、〇〇〇円を支給した。

(ル)  被申請人は同年一二月に従業員に対し一人平均七、〇〇〇円(石川京一には九、八八〇円)の越年賞与を支給した。

(オ) 被申請人は同月全従業員に対し一律にバス路線開通記念手当としてジヤンバー一着(価額七〇〇円)及びタオル二本(価額一〇五円)を支給した。

(ワ)  被申請人は昭和二九年四月に従業員に対し一人平均二、〇〇〇円(石川京一には二、〇六八円吉田静夫には一、八五六円)の賞与を支給した。

(カ)  被申請人は同年八月に従業員に対し一人平均三、〇〇〇円(石川京一には四、〇八五円吉田静夫には四、〇四四円)の夏季手当を支給した。

(ヨ)  被申請人は同年一二月に勤続一年以上の従業員に対し一人平均一万三、〇〇〇円の越年賞与を支給した。

(タ)  被申請人は昭和三〇年四月に従業員に対し一律に金一、二〇〇円宛の給与補給金を支給した。

しかるに申請人に対しては右(ト)ないし(タ)のいずれも支給しない。よつて申請人は支給額一律のものはそれと同額を他のものは一人平均額と石川京一及び吉田静夫の各受給額のうち最低の金額と同額をいずれも支給されるべきである。

右のように主張する。

思うに、労働者が使用者に対しいくら昇給さるべきものとしてその増額した賃金の支払を裁判上請求できるかどうかは、就業規則、給与規程、その他諸般の事情を考慮して判断すべきことであるが、仮に申請人において右(イ)ないし(タ)の請求がなし得るとしても、本件仮処分においては右の金額については保全の必要性は認められない。

四、以上説明のとおり、申請人の本件申請は昭和二八年二月分から同三〇年六月分までの前記賃金の差額一三万七、八一一円並に昭和三〇年七月以降本案裁判確定に至るまで日額四五六円の割合で計算した金額(但しいずれも所得税諸保険料は控除さるべきである)を毎月二五日限り仮に支払うことを求める限度において正当として認容すべきもその余は失当として却下することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九二条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 和田邦康 熊佐義里 村上明雄)

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